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「ランニングの世界」の紹介

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『ランニングの世界』全21巻 山西哲郎 編 2005年9月創刊

1号~6号:明和出版、6号~21号:創文企画


本誌は元ランニング学会会長の山西哲郎が編集主幹をつとめ、ランニング学会の有志が編集委員となって発刊したもので、 ランニングを歴史、文化、科学等色々な切り口で掘り下げています。ランニング学会の設立趣旨を思い出させるような"知的・感性的ランナー"のための本です。 大会情報やトレーニング方法中心のランニング情報誌とはひと味違って、「人はなぜ走るのか、人は何を求めて走るのか。」 という原点に立ち返って、より広くより深く「ランニングの世界」を見つめ直してみようという趣旨の元に創刊されました。 私たちは自分の身体と周りの自然、そして、友や街と対話して走ります。時には、記録と順位に挑んで競走し、時には、健康のために、 またスポーツや体育学習として走ります。それは、走る人の自分への問いかけであり、他と語り合うことでもあります。走るという行為に時間と空間が必要であるように、 その問いかけと語り合いにも時と場と文字が欲しいものです。


構成は連載と特集の二部構成となっており、連載としては"ランニング"を科学、哲学、文学、教育、歴史等色々な側面から 読者の向学心を呼び起こす内容を取り上げています。また、特集ではランナーがそれぞれのランニングライフを豊かにする上で参考になるテーマを取り上げています。


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「ランニングの世界」最新刊  第21号発売!!

■特集:楽しきかなマラニック
[巻頭言]マラニック事始め(山西哲郎)
[対談]小嵐正治×山西哲郎 医師とランニング
海と子どもマラニック(武田浩志)
マラニックの歌(作詞 山西哲郎、作曲 ひろえまさと)
走ることで地域を元気に ―マラニックを活用した地域活性化チャレンジ―(忠政啓文)
私のランナー半世(反省)記(酒井浩文)
成熟したランニングライフのために(村松達也)
マラニックいろいろ ―「ランニングの世界・友の会」のマラニック大会報告―(尾崎啓二)
障がいのある人もない人も、生涯マラニックな暮らし ―銀山マラニック―(西村かおる・瀬川裕人)
マラニックと教育(田村祐司)
マラニックの効果と未来を考える(佐々木 誠)
マラニックのこころ(間むつみ)
マラニックのつくり方(最勝寺久和)
マラニックの生理学 ―安全に楽しく走るために―(鍋倉賢治)
マラニック大会一覧(保原幸夫)
マラニックを楽しむ(原田純子・今野美生・八塚英嗣・飯田雅浩・松浦正樹)
グッジョ! 走る民主主義(ランニング・デモクラシー) ―先進文化の井戸を掘ったのは市民走者―(大島幸夫)
ランニングの実践科学:いかに考え、いかに走るか(岩山海渡)
情報通信:ウルトラランナー・トレイルランナーの本(山本民夫)
寄稿:ベアフットから野生へ(松島倫明)
寄稿:北海道の冬ランの敵(加納敏隆)

「ランニングの世界」バックナンバー

【20号】
およそ年に2回発行を続けてきた「ランニングの世界」は今回20号ということで、発刊から10年を迎えるにあたり、「走り続けた私たちの10年」という特集で、編集委員とゲストライターがここ10年あるいはもっと長いスパンで自分とランニングのかかわりの中で思うことをそれぞれ自由に表現している。
ピークアウト後、故障をかかえつつ、右肩下がりの状態で、いかにランニングとつきあっていくかにという視点で、保原幸夫さんは年齢とともに衰えていくタイムが、年齢相応のものなのか、年齢の割には衰えが少ないのか等をリスト化して分析しています。いかにも理系らしい原稿で興味深いです。鍋倉賢治さんはこの10年の自らとランニングを取り巻く状況の変化-ランニング人口の増加とネットやギアの進歩などがもらたす光と影を描いています。
東京マラソンからはじまった昨今の市民ランニング(大会)ブーム、思えばこの10年の変化はあまりに大きく、それはもちろん社会の変化を反映しています。
佐々木誠さんはランニングコーチとインソール職人と整体師というと立場でランナーをサポートする中でみえてきている今日のランナーたちの変化を書き、最勝寺久和さんは大会ブームに踊らされている人に「ランニングの世界」を通じての視点の転換をすすめています。
その他、自らのこの10年を振り返った原稿にもそれぞれの”ランニング道”が感じられ、個々の歩みは違えども、ランニングがひとつの文化になっていくその支流のひとつひとつであるような、そんな記念誌的な20号です。目玉は2大ランニング雑誌「ランナーズ」と「クリール」の編集長の下条由紀子さん、樋口幸也さんと山西哲郎本誌主幹との鼎談。各誌の雑誌作りに託す思いがにじみ出て読みごたえがあります。

【19号】
ランニング大会ブームともいえるここ数年、「ランニングの世界」でも第6号で「走る大会大好き」という特集を組みました。あれから7年、19号では大会を創るという視点をもって特集テーマを「みんなで創る市民ランニング大会」とし、特に手作り大会の主催者側の言葉を集めました。
山西哲郎主幹と西一さんの対談ではスローランニング大会について語りあい、速さを競うだけの大会とはまったく方向性のちがう豊かな大会づくりとその楽しみを教えてくれています。
渡辺雅之さんは国内外のいくつもの大会づくりにかかわった経験と大会に寄せる思いを語っています。村松達也さんは地域密着型大会作りの裏話と大会づくりが地域にもたらすものを伝え、小野田光利さんは、最近地方都市で次々と新規に開催されている地方色を打ちだしつつの都市型マラソンのひとつである静岡マラソンの主催者として、いかに静岡らしさをPRできるかの苦心談と台北マラソンとの友好提携を結んだことによる国際交流への期待について語っています。
皇居マラソンを40回続けている山口文明さんは自らのランニング人生と皇居マラソン開催のきっかけや継続の苦労を、そしていくつものマラニック大会の火付け役になっている最勝寺久和さんは、大会を主催するようになった経緯や、地元の主催者側の考え方の違いが継続性に与える影響について語り、ランニング大会がもたらしてくれるものも経済効果ばかりではないのでは、と述べています。
高橋慎一さんは、大会を主催する側ではないが、世界各地の大会を走った経験から、日本と外国との大会運営や考え方の違いを語り、日本では考えられないような魅力的な海外の大会を紹介しています。
そして、鍋倉賢治さん、保原幸夫さんは、大会コンセプトの重要性と、参加するからにはちゃんと練習を積んで参加してもらうような事前フォローについて目を向けることを提唱しています。
主催する側の視点や意見は、参加するだけのランナーにとっても、ただタイムのみを追求して走ること以外にも、もっと豊かな楽しみが大会にもあるということに気づくきっかけになるでしょう。

【18号】
18号の特集は「トレイルランニング再考」。ここ数年盛んになってきたトレイルランをとりあげ、”再考”とあるように、昨今のブームの陰に潜んでいる問題点を一度立ち止まって考え、自然の野山を駆ける気持ちよさを文化にまで高めていくためのきっかけになるような材料を提供しています。
本誌編集委員の佐々木誠さんは、市民ランナーにアンケートをとり、トレイルランに対する市民ランナーの意識調査を試み、分析しています。トレイル大会参加者はロードレースに参加する時よりも順位やタイムにはこだわらない傾向があり、大会やイベントでトレイルは走るが個人では走らない人も多く、登山者が山に入るのとはまったく違った意識であることがうかがえます。浦添嘉徳さんは登山者の立場から自然環境に配慮した大会運営やガイドラインづくりを訴え、吉永耕一さんはトレイル大会後の写真も添えて、現在ブームといわれている大規模な大会が自然環境に与えるインパクトの大きさを伝えています。
松本大さん、村松達也さんは、アメリカや欧州ににおけるトレイルランニング事情を伝え、日本ではロードレースの延長のように気軽にトレイル大会に参加する人が多く、危険性や社会的、環境的な影響に関心が薄いことを危惧しています。今後の方向性のひとつとして、忠政啓文さんはトレイルランニングガイドの普及をめざした活動を、弘瀬賢一さんはトレイルランニングと観光ガイドを結びつけた活動を紹介しています。
その他小林均さんのトレイルガイドブック比較、大島幸夫さんの日本の山岳走の紐解きとトレイル大会による道の再生の話も興味深いです。技術的な面では鍋倉賢治さんが「トレイルの科学」で、のぼりも下りも一定の心拍数となるような走り方を目安にする等坂道の効率的な走りについての示唆を与えてくれています。

【17号】
17号は、特集として「ランニングと社会貢献」をテーマにかかげ、伴走のノウハウから、チャリティー大会の舞台裏や、都市型マラソンの社会貢献を考察したものまで、幅広く「ランニング」と「社会」のかかわりをとりあげています。
学芸大学の渡辺雅之教授と本誌編集委員の西村かおるの対談では、地域おこしの大会づくりや障がい者スポーツとの出会い、社会的事件を走って追体験する、など多岐にわたる話題を通して、ランニングが導く人と人とのつながりの楽しさを語り合っています。
パラカップの森村ゆきさん、広島-長崎リレーマラソンの越田信さんなど、実際に社会的に意義のある大会の趣旨と訴えたいものを主催者の視点で伝えています。また、視覚障がい者の宮城正さんと伴走者の進藤充さんの原稿からは、いつもロープでつながって走っている両サイドの本音が興味深いです。都市型マラソンでチャリティーを謳うようになったこともあり、ランニング雑誌でも、ときおりチャリティーランの話題をとりあげることも目に付くようになってきましたが、ここまで多く、また色々な角度からランニングと社会貢献について取り上げたものはなかなかありません。読み応えたっぷりです。社会とのつながりの中でランニングを考え、ランニングを通してよりよい社会をつくっていくこともできるのではないか、ということを考えるヒントになるような特集です。

新連載も始まりました。若手研究者がリレー形式で「ランニングの技術」について連載します。1回目は岩山海渡さんの「いつまでも挑戦し続けるためのトレーニングを考えよう」。挑戦とは自己ベスト更新だけではなく、走力低下を最小限にくいとめることも挑戦の一種だ、という幅広い考え方には共感しました。時間のない市民ランナー向けの効率的トレーニングを提案しています。
その他、黒田伸さんの「マラソン狂想曲を奏でないために」では、過熱する大都市マラソンブームに対して、陰では広告代理店をはじめとしたランニングビジネスのプレーヤーが暗躍し、ランナーは踊らされているだけではないか、ちょっと立ち止まって考えてみようと警鐘を鳴らしています。また、自然流ランニング大学の学生レポートは、市民ランナーの生の声が伝わり、身近なランナーの多様性を感じることと思います。
【第16号】
第16号の特集は「いかに走るか」。本書では第8号で「なぜ走るのか」を特集しましたが、今回は「いかに走るか」です。その流れを山西先生はこの過程を次のように説明します。
“人は誰しも「走りたい」という気持で走り始めてから、「なぜ私は走っているのかを」自問自答しながらも、大会に出る、健康のためなどといった目的ができると、脳や筋を駆使しながら一歩一歩。それにふさわしい方法や手段を作り出していく。
アスリートにとっては誰よりも速く走るために模索し試みるが、市民ランナーは生涯にわたっていかに生きるかと同調したいかに走るかを求めているのだから、そのような環境を作らなければならない。そのためには、公園やグランド、森林やランニング道と、ランナーだけではなく誰でも過ごせる空間、共に走り、語り合え、指導的なリーダーがいるクラブや教室、そして、一人一人が「いかに走るか」を実施できるトレーニングプログラムが用意されているべきである。“
対談に登場した、マラソン日本記録保持者の高岡寿成さんはご自身の体験を土台にして、指導者として考えていることを熱く語っています。指導者は経験主義の人が多く、研究者は研究者で分離している現状を打破して、研究と実践を融合する事がポイントかも知れないと感じているそうです。世界的なトレーニング方式にはリディアード方式とかパーシー・セラティ方式とかがありますが、是非高岡方式を作って欲しいものです。 
トレーニング方法については、リディアード・ファウンデーションの橋爪氏がリディアード方式の原理原則を分かりやすく解説しています。
また、元会長の山地先生は「ランニング科学は記録向上にどんな貢献をしたか」、吉岡先生は「単調さから豊かさへの走り方(クロストレーニング)」、岡田先生は「いかに正しく走るか-ランニングフォームを考える-」と言うテーマでそれぞれのテーマについて解説しています。

【第15号】
第15号の特集では、「走る道を拓く」がテーマになっています。トレーニングや大会で走る狭義の道にとどまらず、人生という走る道にまで言及している点は他のランニング本にはみられない、本書ならではの切り口です。
山西先生の巻頭言の一節を紹介しましょう。
“走るとは路上の人となることである。その路上では平静な場で過ごしていた私とは違った新しい私を知る。そして、走り始めると身体の筋肉や関節の動きに重さや軽さを感じ、体に触れる風を知るうちに、やがて、もう一人の私が心の中に登場して話を始める。その歩みが先ほど居た家から離れた時間や距離が長くなってくると、体の新しい感覚と自由な心となって、旅人になったように思えるのである。その思いは、今まで歩んできた私の人生のもう一つの人生となって、路上がまさに私の走る道になったことを知ることになる。”
ランニングライフを人生の走る道筋として語ってみようというのが本特集の趣旨です。そんな事を頭に入れて、金哲彦さんとの対談を読んでみるといっそう味わいに深いものになるでしょう。
その他、道の個性に合わせたトレーニングの仕方、限界に挑戦するウルトラマラソンの紹介、トレイルランを通しての山間地域活性化、長続きするイギリス流ランニングの秘訣など興味深いテーマがちりばめられています。
勿論、各種ランニング大会のコース設定に関する裏話、苦労話なども取り上げていますので、大会参加の前に読んでおくと大会自体を10倍楽しめるかも知れません。
ランニングブームというよりは大会ブームの様相を呈している現状を鑑み、ランニングライフという人生を走る道を見直すきっかけとなる一冊です。

【第14号】
第14号の特集は「センス・オブ・ランニング」。自然に包まれて感覚を甦らせて走ることで「知ることよりは感じることの重要さ」を感じて欲しいという想いで、ランニングと感性について論じています。

山西先生の巻頭言と福地さんの巻頭グラビアではランニングを感性的に捉えた作品として、奇しくも「炎のランナー」、「長距離走者の孤独」の映画が取り上げられています。そこに表現されている共通の言葉は“美”なのです。
巻頭言では「感性的ランニングとは、単に1時間走ったとか、キロ5分のペースで走ったといった数字に振り回されて科学的・合理的に走るのではなく、むしろ五感を働かせ感じることによって、速い・遅い、長い・短い、暑い・寒い、快適・不快、美しい、楽しいなど感覚を体のあらゆる部分に問いかけながら、情感豊かに走ることである。」と言っています。勿論、私たちの走る感覚は四季によってもずいぶん違ってきますし、走る人の感覚によってもずいぶん変わってきますから、いろいろなランニングを楽しむことができます。
そして、走る人が走りを最も楽しみ、体いっぱいに自分から湧き出る感覚を豊かに表現している瞬間(とき)に“美しい走り”が生まれるので、自分の中でそう感じられる走り方を求めていくのが“Sense of Running”だと結論づけています。
特集では、“美しいランニングフォーム”や“感性的なランニング”を身につけるためにはどうしたら良いかなどについて、具体的な提案をしていますので、参考にしていただければと思います。


【第13号】
ランニングの世界第13号 第13号の特集では、「ランニングの底力」と題し、厳しい目標に立ち向かい、自己の限界を知り、それを乗り越えたいという人間の本能が、ランニングを通してどのように実践されるかについて紹介しています。
山西先生は巻頭言で、人間の底力とは「いざという時に発揮される強い力」であり、心臓病をリハビリで回復させた7名のランナーがボストンマラソンの心臓破りの丘を走り抜いたのも、その一例であろうと言っています。アスリートが自己記録の更新を目指し、限界を超えるためには追い込み力と回復力の調和が必須であり、疲労の底からフレッシュな体に回復させる過程こそがランニングの底力を生み出すとも言っています。
長距離王国を築き上げたフィンランドが取り入れた野外の起伏走、チェコのザトペックが取り組んだインターバル走、オーストラリアのセラティが取り組んだ砂丘走を中心とする野外走、そして、持久走・ヒルトレーニング・インターバルなどを組み合わせたリディアード式トレーニング、低酸素下で行われる高地トレーニングなど、世界のトレーニング史はいずれも、追い込みと回復の調和を図ることによって底力を築き上げるための工夫の結果だと言えます。
対談に登場した、ロンドンオリンピック代表の藤原新さんは“マラソンの「底力」”として「走っていると普通の生活ではなかなか感じられない「限界」というものがより身近に感じられ、その限界に慣れてくるとその限界を簡単に諦めなくなってくるので、それが底力になると思う」と言っています。
ランニング学会副会長の伊藤先生は、ホモサピエンスの底力としての“持久力”について興味深い解説をしています。ホモ・サピエンスの底力とも言える人間本来の持久力は、ヒト特有の産熱と放熱のバランス、すなわち体温調節方法に由来しており、それが持久狩猟を可能にしたと言っています。しかし、スポーツにおける「より速く、より高く、より強く」にはこの持久力の要素は含まれないので、自分たちの劣る身体能力への強い憧れがスポーツ文化を生み出したのではないかとも言っています。そして、この両者の融合を図る事こそがホモ・サピエンスの底力であると結論づけています。
ランナーの皆さんが新しい視点で自分のランニングを考える上で、参考になる一冊です。


【第12号】
ランニングの世界第12号 第12号の特集は「大震災を超えて走る」
3.11でランニング生活どころか、日常生活さえもままならなくなった被災地のランナーたちが、大震災を乗り越えて走り出しました。皆さん、一様に走ることが心の支えになっていると言います。
山西先生は巻頭言で「ランニングは震災・困難から再生できるか」と問いかけています。そして冒頭に震災2ヶ月後の仙台での体験を“津波で海岸を失い荒廃する広がりの中を走っている一人の中年ランナーに出会った。その姿は黒ずんだ無の大地に染まるように色を失って見えたが、動きは力強く、瞳は希望で光っているように思えた。そして、私はその光景から、再び自らの走りから新たな希望を見出し、生活を再生していこうとしている精神を感じることができたのである。”と書いています。
震災に限らず大災害に遭遇したとき人はどのようにして再び立ち上がるのだろうか?今号の対談に登場していただいた、比較宗教学を専門とする町田宗鳳氏は、体を動かすことが生きる力を創るとおっしゃっています。避難所とか、仮設住宅に住んでいる人に、スローランニングとか、簡単な柔軟体操を広めていけば、これからも多く出ると予想されるうつの予防にもなるし、復興の前向きな気持につながっていくと思うともおっしゃられました。
また、ランニング大会開催に関する9.11と3.11の対応についての比較、検討からは国民性が垣間見られて、興味深い内容となっています。


【第11号】
ランニングの世界第11号 第11号の特集では、「ランナー的生活を考える」と題し、ランニングをライフスタイルやライフサイクルにどう組み込んでいったら良いのかという点について考えています。
一つの切り口としては、海外と日本のライフスタイルの比較を試みています。近年、アフリカ勢による長距離界のメダル独占の背景が「遺伝子によるものか、生活環境によるものか」が研究者やジャーナリストたちによって議論されていますが、本書ではオリンピックメダリストのエリック・ワイナイナ氏との対談からその秘密を探ろうとしています。また、現在イギリスとカナダに長期滞在中の方たちがそれぞれの国での日常のランニングスタイルをレポートしてくれていますし、大島さんはランナーの晴れ舞台であるマラソン大会に焦点を当て、欧米各国の国民性を紹介しています。
一方、日本人のランニングスタイルについては、いろいろな生活環境の中で、ライフサイクルにあわせて工夫している様子を紹介していると共に、山地、有吉歴代会長には往年の名ランナー山田兼松、金栗四三両氏のランナー的生活について書いていただいています。
また、ランナーとして必要不可欠な生活要素として、食事、排泄、睡眠についても専門的な内容を掲載しているのも、他書にはない特徴と言えるでしょう。
ランナーの皆さんがご自分のランニング生活を振り返るにあたって、参考になる一冊です。


【第10号】
ランニングの世界第10号 第10号の特集は「龍馬走伝」となっています。「えっ、龍馬がランナー?」と初めは不思議に思った坂本龍馬記念館学芸主任の前田さんも、 「確かに龍馬は時代を駆け抜けたランナーだった。しかも孤独なトップランナーだったと思う」と言っています。
また、巻頭言での龍馬談義もなかなか面白い。 「今のランニングはタイムばかり追っかけているよね。特に箱根駅伝なんかは、学生の先の人生より、タイムが尊重されているように思う。 龍馬は攘夷ばかりを見ていたのではなく、もっと先を見ていたが、これはランニングの指導者として求められることでもある。 一つ一つの目標を達成することは大切だけれど、もっと先のことを考えることも重要だ。」 「現在のランナーは組織、あるいは記録という江戸幕府に閉じ込められて状態だ。縛られている走りから解放したい!私たちも龍馬のように行動することが大事だな。」 「脱藩した時の距離、日数を見ても龍馬は速く移動、つまり走ることができたが、走りは手段であって目的ではなかった。これは大切なことだよね。」 「それにしてもあの時代、きびしい山岳の獣道をあのスピードで、しかも脇差しをさして移動することができたなんて、すごい。 トレイル・ウルトラランナーだったね。」・・・と続きます。
ランニング界の龍馬、鏑木さんと山西先生の対談で始まるこの特集は、ひと味違うランニングの世界へと我々を引きずり込んでくれます。


【第9号】
ランニングの世界第9号 第9号の特集では、北海道マラソンの参加資格が5時間に緩和されたのを機に「夏のマラソンを考える」をテーマに 、暑い時期のマラソンの歴史を紐解くと共に、夏のマラソンに挑むための注意点などを科学的な観点や精神的な観点から考察しています。
我が国でマラソンシーズンと言えば冬の11月~2月の4ヶ月間であり、国内のメジャー大会はほぼこの時期に開催されています。 しかし、7月~9月に開催されるオリンピックや世界選手権などの世界のメジャー大会では、暑さ対策の良否が勝敗を左右すると言っても過言ではありません。 北海道マラソンで優勝した谷口、有森、エリック・ワイナイナが好成績を収めているのもうなずけるような気がします 。市民ランナーに人気のホノルルマラソンや那覇マラソンなどもある意味では夏のマラソン大会といえます。
寒くないからゆっくり走るのには適していると考えがちですが、やはり暑さ対策を怠っては熱中症等の重大な事態をまねいてしまいます。 エリートランナーにも市民ランナーにも是非読んでいただきたい一冊です。


【第8号】
ランニングの世界第8号 第8号は原点に返って「なぜ走るのか」について考えることを特集のテーマにしています。ランニング・ブームと言われるほどに多くの人が走るようになりましたが、 なぜこれほど多くの人が走るようになったのでしょうか?
箱根駅伝の選手、一般大学生、小学生については指導者のみなさんが、女性ランナー、中高年ランナーについては当事者が自分の体験談をもとに分析を試みています。
自分の経歴を振り返り、末永くランニングを続けるためにも、本特集を参考に"皆さんが走っている理由"について一度考えて見ることをお薦めしたいと思います。


【第7号】
ランニングの世界第7号 第7号の特集では「ランニングは地球を救えるか」という大きなテーマに取り組んでいます。 ランニングは本来自然環境の中で、自然との共生のもとに行われるはずなのに、大会という名の下に人が集まって走ることが多くなった昨今では 、むしろ環境破壊の問題が出るようになってきています。
ロードレースにおけるゴミ問題を引き起こした都市型ランナーが、トレイルラン、オリエンテーリング、マラニックといった 自然環境を舞台に行われる分野に参入することで、自然破壊という新たな問題を生み出しています。
アメニティを追求した人類に課せられた地球温暖化問題や公害問題を解決する糸口は、自然環境の変化を敏感に感じ取るランナー的感覚からこそ得られるはずなのに、 どうしてこのような問題が発生するのでしょうか?ランナーに対して、エコロジーの再考を提案しています。


【第6号】
ランニングの世界第6号 第6号の特集は「走る大会大好き!」です。日本人は走る人だけではなく、見る人、つくる人、みんながランニング大会を好きなようです。 TVの前でマラソンや駅伝大会を長い時間見ているのが外国人の目には不思議に映るそうです。
競技性の強いレース的大会からお祭り的要素の強い大会まで、年間を通して多数の大会が各地で開かれています。 なぜ、日本人はランニング大会が好きなのか?日本の大会は海外の大会と比べてどのような特徴を持つのか?など、色々な視点から検証を試みています。
大会がエンターテイメント商品として取り扱われ、マスメディアによって拍車をかけられている状況についても言及しています。 グローバルスタンダードである"ランナーによるランナーのためのランニング大会"を目指して。


【第5号】
ランニングの世界第5号 第5号では「ブームで終わるな!」と題した特集を組んでいます。世はまさに第二次ランニングブームとも言われ、 ホノルルマラソンや2007年に始まった東京マラソンを筆頭に、各地で開催される大会は大盛況を極めています。 特に女性の進出は目覚ましいものがあります。このブームは果たして本物なのでしょうか。 単なるブームとして終わらせるのではなく、本物のランニングを定着させて生活の中に根付かせるのにはどのようにすべきかを 改めて探っていきたいという趣旨の内容になっています。


【第4号】
ランニングの世界第4号 第4号では「甦る中高年」と題し、熟年世代のランニンングについて特集しています。 日本において、市民ランナーとして走り出したのは高齢者であり、40年後の今日でも主体となっているのはやはり中高年者です。 そして、50歳以上が日本人の半分を占めようとしている現状においては、 老化に抵抗して元気に走る黄昏族を増やしていくことこそが社会的に求められるムーブメントではなかろうかと考えられます。 今まで走ってきた人はこれから続ける方法や奥の深さをさらに感じて欲しいし、これから始める人にはノウハウだけでなく、 ランニングは健康のため以外の楽しさがあることを知ってもらうことを意図しています。


【第3号】
ランニングの世界第3号 第3号では「駆ける女たち」と題して女性たちのランニングへの進出を取り上げています。 かつて女性たちにとって「スポーツする」ことは男社会へのチャレンジの意味がありました。 スポーツの世界では、女性たちは原則締め出されていた歴史があります。 しかし、現代では、美しさと健康を意識した「ジョギング」がブームとなり、女子マラソンはオリンピックの花形種目となっています。 女性達の頑張りは「強き性」であった男性たちを刺激します。女性たちが走り出したことの意味は私たちが考える以上に大きいのではないかと思います。 走る女たちの風景に次の一歩を踏み出す可能性があるのではないでしょうか。


【第2号】
ランニングの世界第2号 第2号では「ランニングと脳」について特集しています。現代科学の進歩が最も著しい分野の一つは脳研究に関することです。 久保田競先生のインタビューを中心にランニングと脳の関係を深く掘り下げています。 また、走る脳を哲学的脳、社会脳、文化脳などに結びつけ、走ることが人間を進化させてきたことも示しています。




【第1号】
ランニングの世界第1号 創刊号は「楽しく走る」ことをテーマとして、まず走る楽しさとは何かということを多角的に掘り下げています。 現代において私たちはなぜ走るのかということについては、まず走ること自体に楽しさがあるあるということを主張しています。 ここでは、スポーツ界のみならず多くの分野のランニング愛好者にその楽しさを語ってもらっています。 特に歌手でありながらマラソン、トライアスロン、ウルトラと趣味以上の走る世界を創った高石ともやさんのインタビューは わが国の市民マラソンの歴史と特徴を示すものになっています。

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